第11話 スチール・レクタングル 001

 狸山涼太はウェルズ編集部でパソコンに向かい、ボイスレコーダーやメモ帳を取り出して犬神研究所でのインタビューをまとめようとしたが、仕事に少しも身が入らなかった。一行書いてはゴスロリ姿の花恋を思い出し、二行書いては花恋の細くしなやかに伸びた腕を思い出し、ニヤニヤと笑ったり腕を組んで考え込んだりとまるでボンヤリしているうちに一日が終わった。そうするうちに、やがて編集部の壁にかかっている電波時計が終業の時間を指したので、涼太はもう誰に挨拶もせずに一直線に部屋を飛び出して階段を二段飛ばしで駆け下りた。「二日続けて出向いた犬神研究所、二度あることは三度ある、という言葉もあることであるし、今日も行って何の不都合があるものか」涼太はビルを飛び出すと、意気揚々とバス停に向かった。犬神研究所は少し辺鄙なところにあるので電車では少し不便である。バスなら停留場から歩いて十分ほどで行ける。「花恋は住み込みのスタッフのようであるから、行けばきっといるであろう」とバスに貼られた時刻表と左手にはめたロンジンの機械式腕時計を見比べてまたニヤついた。そこに後ろから、「やあ、いい時計を持っているじゃねえか」とやけに野太い声で呼びかけられた。涼太は少しギクリとして振り向くとカメラマン、もとい公正評議会の警備担当コホ・モリーがニヤニヤと笑って立っていた。そして、「お前、隙だろ?」と尋ねた。涼太は何だか嫌な予感に襲われた。これから彼女に会いに行こうと思っていたのに、とんだ邪魔が入ったものだ。涼太は顔をしかめたがコホ・モリーはまるで気にする風もなくもう一度同じ言葉を繰り返して言った。「お前、暇だろ? 今日もアムナス基礎技研ラボに顔を出せ」