第10話 鉄板ジュウジュウ会談 003

 何となく気まずい沈黙の中、コテで豚玉を切り分けてジュウジュウと熱い鉄板の上でそれを黙々と食べていると、「あのね。私なんだか好きな人ができちゃったみたい」と花恋が言った。聞いた途端、今度は豚玉を吹きだしそうになった。もしそんなことになっては大参事と、多聞はそれを必死でこらえて水で飲みこみ、目を白黒させながら、「す、好きな人?」と辛うじて尋ねた。花恋はオムそばを箸でつつき、「うん」と、まるで多聞の反応には無関心な様子で頷き、「よくわかんないんだけどね」と言った。「そ、それってボク? ひょっとしてボク?」と多聞はまったく勘違いをして、はにかんだような照れ笑いを浮かべ、「ボクならいつでもオーケーですよ?」と少し気取って言った。花恋は驚いた顔で多聞を見て、ぷっと噴きだし、「まあ、それもいいかもね。多聞クンってなんだか可愛いし」と言った。「可愛い?」と多聞はその言葉を脳内で反芻し、「ああ、これは脈ありか」とますます勘違いをエスカレートさせて、踊り出しそうになった。そしてまさに、満面の笑顔で花恋の方に顔を向けようとしたその瞬間、誰かが頭をぐいっと抑えた。「な、なんだよ、誰だよ」多聞は驚いてその押さえつける手を振り払い、少し怒った顔で後ろを振り向いた。するといつの間に来たのかそこに雪之丞が立っていた。「あ、雪之丞クン」と花恋も少し驚いた顔でボソリと言った。雪之丞は多聞の横の席に座り、「さっきは断ったけど、やっぱり来てみようかと思ってさ。ここって花恋さんのおごりでしょ」と笑った。そして、しばらくメニューを眺め、「イカ玉をひとつ」と注文したあと、「あの記者は、やめておいた方がいいと思う」とボソリと言った。