第09話 空想と現実の狭間 003

 そしてしばらく話を聞いているうち、牛松の脳裏にふと小さな疑問がわいてきた。「でもよ、涼太。お前、どうやってその博士の研究所に入って、その玄関先に寝ていたんだよ?」涼太は一瞬キョトンとして牛松をみたが、すぐに人当たりの良さそうな笑顔を浮かべ、「いや、それがさ。自分でもよくわからないんだ」と言った。そして、「侵入したのは博士の飼っていた犬の入口からなんだけれど、そこまでの記憶がひどく曖昧でさ」と付け加えた。牛松は少し眉をひそめ、「記憶が曖昧って、お前、それまで何をしてた? 飲んでいたのか?」と聞いた。涼太は首を横に振り、「いや、飲んではいなかったけれど」と取材からの帰り道、スチール・レクタングルのある廃工場に行ったことをポツポツと思い出しながら、「それがさ、何だか会社の上司っていうか、なんだか変な人たちの会議室に連れて行かれて、長々といろんな話を聞かされるうちに意識が朦朧としちゃってさ。あれなんだろうね。マインドコントロールかな?」と感想も交えながら話した。マインドコントロールという言葉に牛松は少し首を傾げ、「涼太。お前、何か命令されたりしたのか?」と聞いた。涼太は相変わらず至極呑気な表情で、「いや、命令はされなかったと思う」と答えた。それから少し考えて、「確か命令はされなかったんだけれど、なんだかその日に取材した犬神博士の発明品が胡散臭いだの、ニセモノかも知れないとか、そんな話題になって、それでジャーナリズムの正義のために、博士の言葉が本当か嘘か、確かめなきゃいけない、と思ったことは確かだなあ。それでたぶん、何だか酔っぱらったような気分になって、博士の家に忍び込んだんだな」と話した。