第05話 臨床実験 004

「次はあなたの番ですね?」と涼太記者が耳元でささやき、多聞は、「ひえっ」と息をのんだ。そしてあたりを見まわすと、犬神博士も花恋センパイも、厳つい顔のカメラマンまでもがじっと興味深そうに多聞を遠巻きに眺めているようであった。「の、飲むよ。飲めばいいんでしょ」と多聞は開き直ってコップを握った。そしておもむろにゴクリと薬をのみこみ、緊張した面持ちで三分待ち、五分待った。しかし多聞に何の変化もおこらなかった。「ひょ、ひょっとして、イザナギ?」と涼太記者がポツリと言った。それを聞いたカメラマンはカメラを下ろし、腕まくりをして多聞の前に立った。「な、なんですか」と多聞は怖々と見上げた。カメラマンは厳つい顔をさらに恐ろしげに歪めて、「脱げ」とズボンを指さした。多聞は驚愕の表情でカメラマンを見上げた。そして花恋センパイの方をチラリと見た。センパイの前でズボンを脱がされるなんて、そんなみっともない真似はできない。優柔不断な多聞にしては珍しく、「い、嫌だす」ときっぱりと断ったが、「だ」と「です」が混ざってしまい、その台詞は今一つ決まらなかった。カメラマンは多聞の拒否などまったく無視してずいと多聞のベルトをつかもうとした。そのカメラマンの手を、雪之丞は透明な右手でつかんで、「まあ、待ってくださいよ」と止めた。そして、「多聞。足とかは消えてないか?」と尋ねた。雪之丞の言葉にハッとして多聞は急いで靴下を脱いだ。果たして足が消えていた。どうやら両足そろって、太ももから先が透明になっているようであった。「足がないなんて幽霊みたい?」と多聞は裾をまくり上げて立って見せた。何もない空間から急に人が現れる感じは、なんだか手品を見るようであった。