第05話 臨床実験 003
「さあ、もうええじゃろう。とにかく私の透明になった部位は雑誌に載せるにはいささか不適切であったわけだ。よって、キミたちを召喚したのだから、シフォンケーキ六分の一ぶんの仕事はきちんとしてもらおう」犬神博士は自分の恥をさらしすっかり開き直ったのか、妙に清々しい顔で言った。こうなってはいたしかたない。腹をくくってこの錠剤をのむしかない。多聞がそう決心をして錠剤を口に運ぼうとしたとき、横にいた雪之丞がゴクンと先に錠剤を呑んでしまった。「な、なんで雪之丞。ボク、ようやく飲む決心がついたところだったのに。すっかり気がそがれたじゃないか」と多聞は雪之丞に苦情を言った。雪之丞はニコリと笑って、「キミの消える部分、イザナギじゃないといいね」と言った。「え、イザナギ?」と多聞は思わず自分の足元を眺め、「もしそれなら、たいそうみっともない」と博士の方をチラリと見た。「何がみっともないじゃと?」と博士が怒声をあげた。その時、雪之丞の右手が心なしかすっと薄くなった。そしてゆっくりと、しかし確実に変化していった。指先にごくわずかではあるが光の透過が始まり、徐々に、まるで皮膚が薄い絹の布か何かになったかのように透けていった。そして浮かんでいた血管もだんだんと見えなくなり、その透明感は指の付け根へと広がった。やがて手の甲から手首までそのような状態になるころ、指先では骨の輪郭が、ぼんやりとだがはっきりと視認できるようになり、その骨も空気と一体化していくように消えていった。そうして五分も経った頃には雪之丞の右手は肘から下の部分が完全な透明になっていた。多聞は、「無くなった?」と不思議そうに手を探した。「あるよ」と雪之丞は見えない手で多聞の頬をつついた。