第03話 透明な脊椎動物 002
「透明な脊椎動物として知られるものは、まず南極に生息する魚の一種、コオリウオじゃ。この魚は血液中にヘモグロビンを持たないため透明な皮膚を持っている。また内臓器官が小さく、筋肉に色素が少ないという異常な特徴も持っている。かの魚は肉体の透明化というまことに神秘的な進化をとげたわけであるが、これは結局のところ南極の低温と高酸素環境があるからこそ可能な特殊な適応となる」涼太は鉛筆の芯を舐めながら、博士の言葉をメモに取った。彼女の入れてくれたハーブティーのお陰か、涼太は椅子から転げ落ちた先ほどの動揺を案外引きずらなかった。けろりとした表情で、「透明な植物、透明な建築物と続いて今度は透明な脊椎動物。サンカヨウの話の時、人間の細胞もほぼ透明と博士は言われていたことであるし、博士の今度の発明品はやはり透明人間ですね?」と強く指さして言った。博士は、「おや?」と少し驚きの表情を見せて、「アイツのハーブティー、本当に効き目があるのかな」と口の中でブツブツとつぶやいたあと、「いや。まさしくそうだ。私は透明人間になる薬を発明したのじゃ」と言った。「透明人間」涼太はオウム返しに尋ねた。「そうじゃ。透明人間じゃ」と博士はもう一度繰り返し、「さあ、しかしキミには私がそこに行きついた過程を今しばらく聞いてもらわねばならん」とメガネをくいっと持ち上げた。「聞きます、聞きます」と涼太は神妙に頷き、手帳のページをくりながら、「透明人間になる薬とは、これはいやはや驚きの大発明じゃないですか。小保方博士のスタップ細胞と同じくらいの大発見かも知れない。とすると今年のノーベル賞は犬神博士のものかもしれない」などと下世話なことを考えながら博士の次の言葉を待った。