第02話 透明な建造物 004
「存在そのものが、自然の中では異質なものとして認識される人体。人体そのものを透明化することこそ新文明の目指すべき未来ではなかろうか。そう気づいた時、私の脳裏に一条の閃光が閃いた。ああ、そうだ。未来人はきっと透明人間に違いない」博士は興奮してしゃべり続けた。「いや、現に今も我々は透明人間にどんどんと近づきつつあるではないか? たとえば、つい先年の感染症の流行でマスクを着用する人が増えたが、これも一種の自己透明化ではないか? マスクの着用は個々人の顔の識別をつきにくくさせるが、これは個々人に匿名性を感じやすくさせる働きがある。これにより、普段はしないような行動もマスクをつけた状態でならしてしまうかもしれない。またマスクは個々人の個性を埋もれさせ、人々を均一化させる心理的働きもあると思う。透明となった人間が他者と自己の差異を見出しにくくなることは安易に想像できることであるが、マスクの着用はすでにそれと似たような効果をもたらしている。感染症の流行した社会ではマスクをつけない人に対してさまざまな圧力をかけることがあったり、自警団や自粛警察のようなものが、実際に暴力を加えるというような動きもあったが、透明化が進んだ社会でも同等のことが起こるかも知れない。透明化した人々が透明化しない人々を非難し、攻撃の対象とするような例である。匿名性の高い社会では自己の権利を主張して近所で子供が騒ぐことを訴えたり、犬猫などもの言えぬ生き物たちを無言のまま粛清したりするが、これも同等のことが起こる可能性がある」博士はそこでぐっとつばを飲み込み言った。「石を取ると予想外の蛇が出てくるかもしれない。それでもやらねばならないのが科学というものなのである」