第02話 透明な建造物 003
「私はその新文明への第一歩として建物を自然に溶け込ませることを考えた。建物の存在感を最小限に抑え、あたかも自然の中に溶け込むようにすれば、景観を損なうことなく、人間が自然の中で活動するための空間を確保できるようになる」と犬神博士は言った。そして天井の方を指さして、「この屋敷も基本は平屋であるし、外装は自然の石と木の組み合わせであるから、自然に溶け込んでいると言えなくはないであろう」と言い、「この屋敷と別に研究所もあるが、それも壁面に蔦を這わせたり、森の木々に埋もれるように造っているので、これも自然に溶け込んでいるといえると思う」と続けた。涼太が、「なるほど」と頷くと、博士は首を左右に振り、「しかし建築物を自然に溶け込ませるだけではまだまだ現代文明の延長にすぎないのではないか、と私は考えた。新文明のためには思考をさらに一歩すすめなければならぬのではないか」と区切り、「それには建造物の透明化こそ大切ではなかろうか、と私は考えたのだ」と言った。涼太は鉛筆をなめながら、「また透明ですか」と苦笑いをした。博士はまるで動じる風もなく、「そうじゃ、透明じゃ。どこまでも透明じゃ」と机をドンと叩き、「今後科学者が取り組むべきは透明だ。いかに風景に同化させようとしても建物は建物。どうしても人工物の匂いがする。透明ならばそれを隠せる」と力強く言った。「では今回の博士の発明品は透明の建造物に関係した何か、そういうものですか?」と涼太は尋ねた。博士は首を横に振った。「いやいや、そんなものではない。私はさらにそこから一歩先に進んで考えた。そして思い至ったのだ」そもそも人間そのものの存在が、景観を害しているのではなかろうか? と。