第02話 透明な建造物 002

「私たち一家はこの田舎町にきて、その中でも最も辺鄙で人の少ないこの山裾の土地を選んで引っ越した。そして居を構え、暮らすことを始めた。そして私は知ったのだ。何億年もの時を超えて存在し続ける山々、生命の源である清らかな水、そして多様な命を育む森羅万象。嗚呼、なんと深くて落ち着きのある世界が本来は広がっていたのか。嗚呼、なんと神秘と不可思議に包まれた世界が本来は広がっていたのか。大きな自然は我々に、謙虚さ、畏敬の念、そして生きる力を与えてくれた。無気力になりつつあった娘に強い生命力を与えてくれた。そして私をひとつの見解へと導いてくれたのである。それはこれからの科学者が研究すべき課題。新しい文明というもの。私は考えた。即ち、科学の力とは、本来、自然を理解し、その叡智に学ぶためにこそ用いられるべきものであるという事。自然への畏敬の念を取り戻し、自然との調和の中で生きる社会こそが、人間にとって最も幸福な社会であるという事。そしてそれこそ人類が持続可能な未来を築く唯一の道であるという事。自然を凌駕するのではなく、それに調和する方法を探ることこそ科学の使命であるという事。そう、これからの科学者が探求すべきは新しい文明、新文明への道筋ではあるまいか。人間中心主義でない、新文明への扉を探すことではあるまいか。物質文明の生み出した多大な人工物を無効化し、しかし現在の便利さをできるだけ維持しつつ自然との調和をはかる、そんな新文明を生み出す。私はこの真の静寂と自然の息吹を感じられる場所で、文明の痕跡を極限まで薄める研究に没頭しよう。新文明。新文明だ。新文明の生み出だしこそ新しき科学者の使命なのだ」