第01話 スケルトンフラワー 003

「この世には透明な動植物がいる」犬神博士は丸底フラスコのひとつを持ち上げ、「例えばこのサンカヨウの花。これは雨に濡れると花弁が透明になる」と、突然にそんな話を始めた。涼太は慌ててポケットから手帳を取り出し鉛筆の先をペロンと舐めてメモをとりだした。博士は涼太の様子などまるで構わないふうにフラスコから首を覗かせるその植物を見ながら言葉を続けた。「サンカヨウの花が透明になるのは、この花の細胞の表面が水分を含むと光の散乱を抑えるためじゃ。水が細胞間の空気を置き換えて、屈折率が均一化される。これによって光が透過する」そして不意に「わかるかな?」と涼太に質問を投げかけた。涼太は鉛筆を持つ手を止めて目をパチパチとしばたかせた。「わかるかな?」と博士はまた聞いた。「あ、はい。あの」と涼太は手帳を覗き込み、「えっと、水と空気が花の細胞に影響を及ぼし透明になるというわけですね?」と書き写したメモをつなぎ合わせて何とか答えた。博士は難しい顔をして、「お前さん、本当にわかっておるのか?」と尋ねた。涼太は首をふるふると左右に振ってうなだれた。博士はギロリと涼太を睨み、「つまりサンカヨウの表面は空気を含んだスポンジ状の構造をしている。乾いた状態では、この含まれた空気のために光が散乱されて白く見えるが、雨が降るとこの含まれた空気と水が入れ替わるために透明になるのじゃ」とそれでも丁寧に教えた。涼太は恐る恐る手を挙げて言った。「水と空気が入れ変わるとどうして透明化するのですか?」博士は答えた。「それはサンカヨウの花弁を構成する細胞の屈折率が極めて水に近いためじゃ。つまりサンカヨウの細胞そのものがもともと水に近い、透明であるのだ」