第02話 透明な建造物 001
「現代文明は目覚ましい発展を遂げたが、その代償はあまりにも大きかった。我々は自然を征服し、改造し、資源を枯渇させることで一時的な繁栄を謳歌してきた。自然と闘い打ち破ることを人類の進歩と言い換えてきた。そしてその結果がこれだ。地球の生態系は危機に瀕し、気候変動は深刻化の一途を辿っている。コンクリートジャングルとなった都会の中、無機質な製品に囲まれて暮らす人々。サプリメントを飲まなければ栄養も取れなくなった食卓。意味不明の幸せ病に気を狂わせて自殺する人たち。自分を家畜化させることで社会に適応する若者たち。これが本当に豊かな生活なのか。人間本来の楽しみはどこにいってしまったのだ。物質文明の浸透した人工楽園、我々はここで何か大切なものを失ってしまったのではないか」犬神博士はそこまで話して涼太の方をチラリと見た。涼太はいったい何の話が始まったのかと首を傾げながらも博士の言葉をせっせと手帳に書きとめた。博士は満足して頷き、続きを話しだした。「我々は本来、自然の一部だ。自然との調和の中にこそ幸福はあるはずだ。人工物は確かに便利である。しかし同時に我々を自然から遠ざけた。そして人間の持つ本来の創造性や感性を鈍化させた。情報過多の社会には本質的な価値はない。偽物が本物に取って代わるシュミラークル、ボードリヤールの描いた世界。人々は消費に踊らされ、嘘は真実に取って代わる。そんな世界で育った子供は、さてそれは我々と同じ人間なのか。同じような姿をしていても、もはや別の生き物ではなかろうか。いつかそんな思考に取りつかれた私はもういてもたってもいられなかった。なので娘が十歳を迎えた年、我々家族は住み慣れた東京からこの田舎町に引っ越すことにした」