第01話 スケルトンフラワー 001
透明のビーカーにはゼオライトの白い小石と赤玉土が敷き詰められ、その小石の隙間から数本の茎が伸びていた。そして茎の先にはまるで爬虫類の皮のような複雑な紋様をした緑の葉があり、そのモコモコとした葉の隙間から数輪の花、透明の美を誇るような綺麗な花が咲いていた。スケルトンフラワー、山荷葉(サンカヨウ)。梅雨の一時期だけに姿を現す透き通った六枚の花びら。ああ、なんと不思議な透明の魔術。自然の生み出した透明の魔術。犬神博士はうっとりと眺め、そのビーカーを玄関先の靴箱の上に置いき、「いや、まったく。キミはいいタイミングに来たみたいじゃね」と最前からそこで待っている青年に声をかけた。そしてずり落ちるメガネを押し上げてから、「もう数日も経ったならば、この美しい透明も無残に散ってしまったことじゃろう」と、透明に咲き誇る花たちをさも愛しげに眺めながら、「キミはまったく、いいタイミングに来たんじゃよ」と再び同じことを言った。気狂い科学者(マッドサイエンティスト)と異名の高い犬神博士。その犬神博士が花なんてモノをこんなに無邪気に愛しているとは。青年はその違和感に少々面食らったが、「いやあ、本当に美しいですね」とまずは素直に花を褒めた。次いで、「さすが犬神博士の研究所。ここでは観葉植物の鉢がビーカーなんですね?」と妙なところに納得した。博士は青年の言葉のうちビーカー云々のくだりにはまるで頓着もしないで、「そうじゃろう、そうじゃろう?」と花を褒められたことのみを聞き、「いや、まったく。キミは本当にいいタイミングに来たんだよ」と花を見やって微笑んだあと、「はて、それでキミはいったい何の用件で来たんじゃったかな?」と振り向いて尋ねた。