ボーンコレクター 04-10
石の建造物の一階は大きな図書館となっていた。古びた幾多もの書籍が、湖底の水の中、痛みもせずに整然と棚に並んでいた。彼女はまるで海月のように水中をユラユラ揺れながら、その本の背表紙をなでた。彼も彼女のあとに続いて、並ぶ書籍の背表紙を眺めた。それは古代インド周辺やトルキスタンあたりで使用されたカローシュティー文字で書かれた文献で、内容はよくわからないけれど何か年代記のような気がした。誰も知らない太古の王族が何をして暮らして来たのか、それを記録した文献。彼も彼女に倣って、その背表紙を軽く撫でた。そしてまた考えた。あるいは思想や宗教に関するものかも知れない。古代インドのバラモン教や小乗仏教。あるいは拝火教。「水の中で拝火教はおかしいか」と彼は思わずくすりと笑った。彼女も彼を振り返り微笑んだ。カローシュティー文字。他の言語に影響を及ぼすこともなく滅亡した奇妙な文字の世界。そこに描かれた世界こそが彼女の住んでいた世界。湖底の図書館をユラユラと彷徨いながら、背表紙をなでて想像を馳せる。シルクロードの綺麗なオアシス。砂埃の舞う砂漠の都市。その町中を絹売りの商人と笑いながら歩く美少女。彼女の足元には可愛いサンダル。時に漢民族に攻め込まれ、時に騎馬民族に攻め込まれ、また時にはペルシア軍に攻め込まれ、そうして何度も混血がなされ、誰もが異国風の容貌となり。ああ、そうして彼女は綺麗になった。身体をくねらせ本棚の間を泳いでいる。彼は彼女の隣に並び、時にふざけて抱きあい、時にふざけて口づけをする。そうするうち今度は身体もどんどんと溶けてゆき二人は液体となって混ざり合う。国籍も時代も空間もない。溶液のような水中図書館で混血は繰り返される。