呪いで人は殺せるか? 02-07
樽の中でヌイグルミを抱いたスケキヨは、そのヌイグルミに何か違和感を感じたかも知れない。そしてその中にナイフ状のものが仕込まれていることを知ったかもしれない。そしてそれを仕込んだのが誰なのか、いろいろ考えたかも知れない。すべては想像上のことで、スケキヨの死んだ今となっては真相はわからない。しかしこれまで聞いたスケキヨの性格からして、スケキヨはそれを母、松子の仕業とは考えなかったように思う。ナイフをヌイグルミに仕込んで送り込んできた人物を母だと考えなかったように思う。なぜなら、引きこもりのスケキヨにとって母はすでに人間ではなく食事を毎回運んでくれるロボットのようなものと認識されていた可能性が高いからである。ではスケキヨにとって人間は誰であったのか。隣家の五百子ただひとりではなかったか? 引きこもりの彼が曲がりなりにも言葉を交わす相手。いやもしかするとそれ以上の相手。スケキヨにとって人間は五百子ただひとりではなかったか。とすると、ヌイグルミの内側にナイフを忍ばせるというような人間的な行為をするのは五百子に他ならないと、彼は考えたのではなかったか。そう思い至ったスケキヨは、きっと悩んだであろう。長い長い時間、悩んだであろう。儀式の失敗。五百子の呪い。樽の中にまで送られてきたナイフ。それを運び込んだのは彼女の顔をしたヌイグルミ。ああ、このナイフはいったい何を意味しているのか。偶然ナイフを見つけてより、彼は一日苦しんだ。思考の地獄を何時間も彷徨ってのち、スケキヨはとうとう判断したのであろう。これはもう樽に隠れても無駄である。僕はもう、死ぬしかない。そしてスケキヨは、きっと最後に隣家の美少女を思い浮かべて、腹にナイフを突き立てた。