アングラ劇『犬神ぢごく変』 02-01
第二幕
村はずれの一軒家。絵師申秀のボロ屋敷。福徳稲荷から帰って来た申秀はがしゃりと勢いよく戸を開ける。何事かと驚いて奥から出てくる娘の伏姫と、庭にねそべったまま片目を開ける大きな犬、八房。申秀は気にもとめずに駆け込む。
申秀「さあ和紙を出せ。墨を出せ。絵が描きたくてたまらない」
伏姫「あらお父様。どうなされたんです? 最近は絵を描くのが邪魔くさいとおっしゃっていたのに」
申秀「余計なことは言わんでよろしい。なんだか力がふつふつと沸き上がりワシは描きたくてたまらないのじゃ」
伏姫「それはようございますね。では和紙をお切りいたしましょう。どれくらいの大きさがよろしいですか」
申秀「半切がよい。半切を九枚切ってまいれ。九相図の掛け軸を作りたくてたまらない」
伏姫「九相図? あんな恐ろしげな絵を、お父様はお描きになるのですか?」
申秀「小野小町も死んだら髑髏。この世の真理はそこにありとワシは見たのじゃ」
伏姫「お父様らしくありませぬ。九相図などおやめくださいまし。
申秀「何を。知った風な口をきくな。つべこべ言わずに和紙を切ってまいれ」