02-05 長崎新左衛門尉意見の事 付けたり阿新殿の事 08

 どうしようかと部屋をうかがっていると、障子からもれる灯りに蛾が集まっているのに気が付いた。これは上手く使えそうだと阿新が障子を少し開けると、蛾は本能のおもむくままに部屋の内に飛び入って、そのまま燈火にむらがって灯を消した。部屋は暗闇となったので阿新は、「しめた」と喜び忍び入った。そして寝ている本間三郎の枕元を探ってみると、果たしてそこに太刀も刀もあったので、阿新はそれを手に取った。そして刀を腰に差してから、太刀の鞘をぬいて本間三郎の胸もとにその刃を指し当てた。そこではたと阿新は思った。「寝ている者を斬るのでは死人を斬るのも同じことだ。敵に知らせず殺すのではいささか無念ではないか」よし驚かしてから殺してやろうと思った阿新は三郎の枕を思い切り蹴った。本間三郎は驚いて、「あっ」と言って目を醒ました。阿新はその三郎のほぞの上あたりを、畳に届くほど刺した。そして返す刀で喉笛を斬った。そのまま部屋を飛び出して竹藪の中に隠れた。三郎の悲鳴を聞きつけて、番衆たちが目を醒ました。そして急いで駆けつけ火をともして廊下を見ると、赤い小さな血の足跡が部屋から庭に消えていた。「さては阿新殿がやりおったぞ。しかし堀の水は深い。木戸はしっかり閉まっている。必ず邸内にいるであろうから、見つけ出して打ち殺せ」大勢の武士たちが手に手に松明をともして、木の下から草の根までわけて探し始めた。