02-05 長崎新左衛門尉意見の事 付けたり阿新殿の事 09

 阿新は竹藪に隠れながら、「もうこうなっては逃げられない。捕まって処刑されるよりいさぎよく自害しよう」と考えた。しかし、憎い敵の一人を見事に討ちとった事を帝に報告したいとも思った。そして、ここは何としても逃れ出て、京に帰り、父の遺志を継いで帝の役に立つ事こそが正しい道であろうと思った。生き延びることを決心した阿新は改めて堀を見てみたが、その堀の幅は二丈で高さは一丈、とても飛び越えられるものではない。橋でも渡さねば無理だと考えてあたりを見回しても竹ばかりで何もない。阿新はがっくりとうなだれたが、そこでふと閃いた。「この呉竹をうまく使えば脱出できるのではあるまいか?」そう改めて考え直した阿新は先のたわんだ一本の大きな呉竹を選んでするすると登った。竹は阿新の重みでさらにたわみ、何と堀の向こう岸についた。阿新はとうとう本間屋敷から出ることができたのであった。屋敷を出た阿新は夜道を走って港に向かった。佐渡から逃れるには船に乗らねばならない。そう思って探したが船は見当たらなかった。そうするうちに空が白み始め夜明けとなった。明るくなると屋敷内に阿新を見つけられなかった守護の武士たちが島中を探して歩いていているのが見えた。阿新は慌てて麻や蓬の繁みに隠れた。そしてそこから様子を眺めると、敵の武士たちは百四五十騎ほどもいるようであった。「十二三歳ごろの子供を見かけなかったか」と武士たちは、往来を行く人たちを吟味していた。