02-05 長崎新左衛門尉意見の事 付けたり阿新殿の事 05

 都を出て十三日、越前えちぜん敦賀つるがの津に着いた。そこから商人あきんどの船に乗って佐渡に渡った。佐渡に渡った阿新くまわかは頼る人もいないので、そのまま真っすぐ本間屋敷に行き、中門の前でボンヤリとしていた。そこにちょうど一人の僧が出てきて、「この屋敷に何か用があるのか?」と尋ねた。阿新はハッと我に返り、「私は日野中納言の一子いっしです。このたび父が斬られると聞いて、せめて最後を見ておきたいと思い、都から参りました」と答えた。そして大粒の涙をポロポロとこぼした。僧は人情のある人であった。「それは可哀想に」と言って、阿新の事を本間入道に告げた。本間入道も哀れに思い、僧に命じて阿新を持仏堂じぶつどうに入れてやった。僧は阿新の蹈皮たび行纏はばきを脱がせて足を洗ってやり、丁重にもてなしてやった。阿新は僧の存外ざんがいな優しさに嬉しくなり、「丁寧なおもてなしありがとうございます。早く父に会わせてくださいまし」と願った。しかしその願いについては、本間入道は渋い顔をした。今日明日にでも斬られる資朝すけとも卿にこの阿新を会わせては、あの世への旅立ちにかえって良くない影響を及ぼすかも知れない、そう考えたのであった。また資朝卿と阿新を会わせた事が幕府に聞こえたら、重臣たちはどう思うであろうとも考えた。それやこれやと考えあぐねて、本間入道は父子の対面を承知しないことにした。阿新は悲しく思った。また父である資朝卿も悲しく思った。こんな近くにいるのに会えないことは、場所が離れて会えないよりも、なお悲しい。「父の境遇を思いやって都からはるばるやってきたのに」と阿新は、父の牢のほうを見やって泣いた。