00-01 序文

 少し考えたんだがね、昔の時代から今にいたるまでとくのない人が天下を治めると、世の中は乱れるというのは真理しんりではなかろうかと、私はこう思うんですよ。徳とは何かと言いますと、それはすべてのものを公平におおう力、とでも言いましょうかね。すべてのものを見捨みすてる事なく公平に覆う、これが徳なんです。えら君主くんしゅというのは、この徳で天下を治めていったもんですよ。そうすれば良い家臣にも恵まれて、それが自然に天下を守る力となって、いい循環じゅんかん万々歳ばんばんざい。徳の高い君主が天下を治めれば、我ら庶民しょみん至極安心しごくあんしん天下泰平てんかたいへい順風満帆じゅんぷうまんぱん。もう言う事なしですよ。さてしかし、現実にはそう徳の高い君主ばかり出るわけではありません。いや、むしろ悪い君主の方が多いくらいだ。自分勝手じぶんかって思慮しりょが浅い、まるで徳のないこんな君主が出てくれば、国は乱れてもう大混乱だいこんらん。我々民草たみくさ見限みかぎるし、武装ぶそうしたへいたちは追い立てるしで、こうなれば君主も何もあったもんじゃない。けつ南巣なんそうのがれて、いんちゅう牧野ぼくややぶれる、というものです。しかしそう、だからと言って臣下しんかの者が君主を倒すという事も、あまり良いことではありませんな。この臣下の者にいくら力があったとしても、武力で主君を倒す者は所詮しょせん覇王はおうであるにすぎません。結局のところ、趙高ちょうこう咸陽かんようけいせられたし、安禄山あんろくざん鳳翔ほうしょうで滅んでいった、という故事こじもあります。ふるきをたずねてあたらしきを知る。君主たるもの歴史を謙虚けんきょに受け止めて、さまざまな過去の事例じれいに学んで、徳を高めて頂きたいものですな。君主の徳が高くなり、民草たみくさをその徳で覆ってくれたなら、天下はなんと太平楽たいへいらく。とまあ、そう上手うまくいくかどうかは知らないけれどね。