そして誰も猫になった003

 しばらくして雨が降り出した。ザァという雨音が屋根をひどく叩いた。「雨ですね」と私が言うと、「そうですね」とシェフは答えた。物静かな午後であった。そこに突然騒々しく、バタバタとドアを開けて駆け込んで来るものがいた。「濡れる、濡れる」と甲高い声がした。「何事でしょうか?」とシェフが振り返った。私もゆっくりと入り口を見た。入ってきたのは若い女と僧侶であった。派手な衣装を身につけた女は、妙に身体を丸めて、濡れた髪や衣装よりも、両手で抱える何かを大事にしているように見えた。「あれはたぶん、楽器のケースですね」とシェフはグラスを傾けて言った。なるほど言われてみれば、それはウクレレか何か、それくらいの小さな楽器のケースのようであった。「余程大切にしているのだな」と私は独り言のように言った。その後ろで、僧侶は綺麗に丸めたツルツルの頭をタオルで拭いていた。朱色の袈裟も濡れていたが、それはバタバタと振って雫を飛ばしたようであった。「音楽家とお坊さん。妙な組み合わせですね?」と私は声をかけた。二人はタオルであちこちと拭きながら、私たちの方をチラリと見た。そしてゆっくり歩み寄り、私たちの向かいに座った。「まあ、一杯どうですか?」とシェフが二人にグラスをすすめた。「拙僧は修行の身でありますから」と僧侶はそのグラスを押し返した。「私はいただくわ」と音楽家はグラスに赤いワインを注いだ。「私は旅の詩人でこちらは料理人。あなた方は誰ですか?」私は尋ねた。「私は音楽家。ウクレレよ」と女は言った。「拙僧は華厳宗の修行をする者、ビショップと呼んでください」と僧侶は答えた。そのウクレレの膝に白猫が飛び乗り、ビショップに黒猫が飛び乗った。