そして誰も猫になった002

 ボンヤリと絵を見ていると、いつの間に来たのか、一人の老僕が背後に立ち、私に声をかけてきた。「ワインになさいますか? それともウィスキーがよろしいですか?」私は振り返り言った。「じゃあウィスキーをもらおうか」老僕はグラスをテーブルに置き、なみなみとウィスキーを注いでくれた。私はそれを口に含み、芳香な味を楽しんだ。「私はシェフ。皆様の食事係として雇われました」と老僕は言った。「誰に?」と私は尋ねた。シェフは隣の席に腰をかけ、自分のグラスにもウィスキーを注いで言った。「それはわかりません。私の務めるレストランに多額のお金を振り込んで、一か月の間、食事係をこの無人島に派遣してほしいと頼んだ人がいるのです。私は支配人に命じられて来ました」そのシェフの膝の上に、また一匹の猫が飛び乗って丸まった。その猫の柄はサバトラであった。ちなみに私の膝の上の猫はキジトラであった。猫の柄はそれぞれ違って、このサバトラとキジトラの他に白、黒、灰色、ムギワラ、チャトラ、三毛、サビ、ヒョウ柄とそれぞれであった。柄によって猫は性格も違うというが、実際にはどうなのであろう、と私がボンヤリ考えていると、「それであなたは誰ですか? どうしてここに来られたのですか?」と今度はシェフが尋ねた。「ああ。私ですか?」と私はハッと我に返り、ウィスキーを少し口に含んでから、「私は旅の詩人、ジプシーです」と答えた。そして、「この島にはちょっと探し物に」と、少し言葉を濁して笑った。シェフはもうそれ以上は尋ねずに、どこからかナッツ類の缶詰をひとつ取り出して、先ほど私が並べた皿のひとつにザラザラと開けて、「肴もなしに飲んでいては胃によくないでしょう」と言った。