14 右四間飛車

 右四間にするつもりはなかったけれど、なんとなく右四間になってしまった。石井君が飛車を振って四筋を狙うと言ったので、こちらもその対策として右四間に飛車を振ったのだ。「まあ、とりあえずは勝ったのだから、良かったのかな」と、山田君。その日一日、右四間飛車的な行動を心掛けることにした。それにしてもやはり無理やり振らされての右四間飛車はつまらない。右四間飛車の醍醐味は、敵の矢倉めがけて突進する銀と角と桂馬と飛車の絶妙な連携攻撃にあるのに、今朝の場合は桂馬も設置できず、角筋もなんだか微妙で、おまけに相手は矢倉ではなかった。会社で右四間的にふるまう時はやはり積極的な矢倉攻撃、そうでなくてはつまらない。駒を集めて一斉砲火、敵の陣営を力技で叩きつぶさなければ楽しくない。さてその敵は、と山田君は目を光らせ、同僚の平松君を睨んだ。最近何かとボクの邪魔をするのは平松君。今日の敵はキミだ。ボクの右四間飛車で徹底的に攻めてやる。それには駒が必要だ。と、しゃかしゃか考える山田君。桂馬に桃ちゃん、銀に美和さん。角は小夜さん、ボクは飛車。よし、これで我が陣は完璧だ。そして集中砲火の根回しとして「平松君ってのは本当に悪い奴だよ」と会社のみんなに噂をまいた。ところが実際ふたを開けると「あら、なに言ってるの。山田君。平松君はいいひとよ。あなたの方がよっぽど悪いよ」と逆に散々なじられて、攻撃陣が組めるどころか、思い知らされた四面楚歌。渡る世間は敵だらけ。平松陣営に組みあがる鉄壁の矢倉を目の前に、茫然と立ちつくす孤独な戦士。がんばれ哀れな山田君。