08 角頭歩戦法

 今朝はまさかまさかの角頭歩戦法で三宅君を下した。なので山田君は奇襲戦法、角頭歩で今日一日を乗り切ることにした。そもそも斜めに進む駒である角の頭は弱い場所というのが常識だ。その常識を覆すこの戦法を発明したのは米長永世名人で、まず角筋を空け、次に角の頭の歩をつくのである。そこからの展開は様々で、いろいろ手もあるようだが山田君はおっかなびっくり、今朝は銀冠に構えてなんとか敵を下した。「角頭歩戦法ということは、相手の意表をつく手でなければならない」と山田君は自分の席についてからも頭を悩ました。角の頭、すなわち自分の一番弱いところからあえて攻めていく。「ボクの弱いところは果たしてどこであろうか?」山田君はウンウンと悩み続け、午前中を無為に過ごした。「山田君、またよからぬことを企んでいそうね」と事務職の小夜さんが経理の美和さんに耳打ちした。「そうね。また何かとんでもないことやりだすかも知れないから、お互い油断しないことね」二人の警戒をよそに山田君はまだ一人、悶々と悩んでいた。「ボクの弱点はどこなんだろう」そして就業時間が終わるころ、おもむろに立ち上がって叫んだ。「ああ、わかったぞ。ボクには弱いところなんてないんだ。顔よし性格よし頭よし。ボクは完璧な人間なんだ。あえて弱点を上げるとすれば、ボクが完璧すぎることなんだ」そして山田君は口元に微笑みを浮かべ額に手を当てて呟いた。「完璧すぎる自分が憎いぜ。角頭歩戦法は取りやめだ」こうして一日何の仕事もせず帰って行く山田君の背中を課長は茫然と見送るのであった。