06 カニ囲い

 飯島君がまさかの急戦を挑んできたので、矢倉に組む暇もなく、カニ囲いのまま対戦した。とりあえずは勝ったけれど、次から次へと攻め立てられて、自分の将棋が指せなくてどうも気分が悪い。山田君は少しむしゃくしゃしながら会社に向かった。まあ、カニ囲いで勝ったのだから今日はカニ囲いで一日過ごそう。低い体勢で敵の猛攻を、受けて受けて受け止める。つまらないけれど今日はそんな一日を過ごそう。そう思いながら会社に入った。タイムカードを押していると同僚の平松君が来て言った。「山田君、きみ最近どうも仕事を怠けているんじゃないかって評判だよ。市原課長が朝からだいぶんご機嫌斜めだから気を付けた方がいいよ」さっそく始まった。やっぱり今日はカニ囲いでゆっくりと敵の攻撃を避けながら、できることなら夕方くらいまでには矢倉が組めるように頑張ろう。玉をひとつ角側に寄せるように、山田君は机の隅に座りあたりの様子をうかがった。と、「こら山田、見つけたぞ」市原課長が大きな目をギョロつかせてやってきた。山田君は首をすくめて怒号の嵐を切り抜けようとする。「お前、話を聞いているのか?」「だいたい最近たるんどる」と課長の雷は鳴りやまない。ここらでひとつ切り返しの手を打っておかないと、押され押されて、手もだせないままぺしゃんこだ。「お言葉ですが課長」と山田君、ボソボソとした口調で反撃に転じようとする。「何がお言葉だ」と課長、ますます怒りに燃え上がる。ドンと机を叩かれて、それに驚いた山田君、うーんと言って伸びてしまった。カニ囲いは失敗だ。今日は詰まされてしまった。