05 角換わり腰掛け銀
角交換をしない腰掛け銀を狙っていたのに今井さんに角交換されてしまった。なので今朝は不本意ながら角換わり腰掛け銀になってしまった。まあ勝負には勝ったので、それはそれで良いことだと気持ちを切り替え、山田君は会社でも腰掛け銀を狙うことにした。角換わり腰掛け銀は昭和初期ごろ一世風靡したのち、一時はすっかり廃れていた戦法だったのを谷川永世名人が復活させた。「そうさ、ボクも谷川名人みたいに、歩の頭に銀を座らせ、光速の寄せで勝ってやろう」山田君はそううそぶいて会社のドアを開けた。と、そこに事務職の小夜さんが相変わらずの呑気な顔でコーヒーを持って立っていた。しめしめ、小夜さん、飛んで火にいる夏の虫。鴨が葱を背負って来くるとはまさにこのこと。山田君は心を躍らせ、まずは角換わりと、自販機で買ったミックスジュースを小夜さんの前で振って見せ、「良かったら交換してあげるよ」とチラリとコーヒーを見た。ところが小夜さん「いらない」とあっさり断り、立ったままコーヒーカップに口をつけてアカンベエをして行ってしまった。何たること、道場では無理に角交換をされて、会社では角交換に失敗してしまった。山田君はガクリと肩を落としトボトボと自分の席につき、机の上の書類を見た。そこに会計の美和さんが来た。「山田君ゴメン、その書類間違えちゃった」美和さんはそう言って机の上の書類を取って別の書類を山田君に手渡した。やった、角交換は成立だ。美和さん、今日のボクの相手は君だったんだね。山田君は椅子に深く腰掛け、さも嬉しげに微笑んだ。嗚呼、美和さん、今日は君をどこから責めてあげようか。