01 角交換棒銀

 朝、道場にいくと三宅君がいたので一局差した。角交換からの棒銀で勝った。今日は棒銀の日であると山田君は確信した。なので会社では常にまず角交換を意識しながら、周りの人をキョロキョロと眺めた。角交換、すなわちそれは大駒同士の等価交換。自分の有する大駒を相手の有する大駒にぶつけて交換するところから始まる。ふと見ると給湯室の入り口に事務職の小夜さんがコーヒーカップを持ってひとり立っているのが目についた。山田君はこれだと思い一直線に駆け寄った。そして自販機で買った炭酸飲料水をおもむろに小夜さんに手渡して「コーヒー頂きます」とカップを奪い取った。「小夜さん、今朝は炭酸水を飲んでください」小夜さんは驚いてキョトンとして立っていた。角交換は成功だ。さあ、ここからが棒銀だ。まずは左側の銀で角の穴を埋める行為、「小夜さんのコーヒー、本当に欲しかったんだ」と山田君は突然の交換にそれらしく理由付け。「でもどうして私のコーヒーを?」と尋ねる小夜さんは明らかに振り飛車でこちらをうかがっている様子。山田君はグイグイと歩を進め、銀を絡ませるように言う。「ボクはいつも小夜さんの煎れるコーヒーが欲しくてたまらなかったんだ」小夜さんはハッと驚いたけれど、態勢を整えるため、玉将を右側に寄せて美濃に構える。「でもそれ、飲みかけだよ?」「それがいいんだよ。小夜さんの甘酸っぱい唇がこのカップに触れたかと思うと、ああ、たまらない。ボクは君が好きなんだ」「まあ」と驚きながらもポッと頬を赤らめてうつむく小夜さん。棒銀は成功だ。小夜さんの肩を抱き寄せて山田君は微笑んだ。