01 出航 1831-12_06

 アンドレイがドアから出て行って、トミーは船長室に取り残されるかたちとなった。突然の闖入者に船長と博士はあっけにとられて、何を言うべきか、しばらく逡巡していたが、やがて船長が口を開いた。「君はどうしてこの船にいるのだ?」少年は少し不貞腐れたように言った。「樽で寝てたら船が出ちまって、仕方ないから救命ボートで帰ろうと思ったところを猫に見つかって、猫をやっつけてやろうとしたら、あの大男に捕まったんだ」「なるほど」と船長は少年を見やり眉間に深い縦じわを寄せた。「デヴォンポートから、もう随分遠くまで来てしまったね」博士は独り言のように言った。「どこか最寄りの港にでも下ろすか?」船長も独り言のように言った。「最寄りの港はどこになる?」博士は船長の独り言に対して問いかけた。「テネリフ」と船長はその島の名を言った。「コレラが蔓延しているのに?」博士は目をむいた。「そこに寄港するのか?」続く博士の問いかけに船長は首を左右に振った。「そういうわけにもいくまいね」「ではその次に寄港する島は?」船長は古い羊皮紙の地図を広げ、北西アフリカの最西岸よりさらに西方四百海里余りのあたりに点在する島々を指して言った。「ケープ・デ・ヴェルド諸島。テネリフの次に寄る港はこのケープ・デ・ヴェルド諸島だよ」博士はフウとため息をついて言った。「随分遠くまで連れて行くことになるね」「島に下ろしたら二度と英国には帰れまいよ。まあ英国の不良が一人減るということで、それもいいかもしれんがね」船長は言葉とは裏腹に少し同情的な目でトミーをちらりと見た。