01 出航 1831-12_03

 トミーは慌てて糸鋸をポケットにしまい、そのかわりに朝食用にと取っておいた煮干しの頭をひとつ、そこから取り出した。「そう鳴かないでおくれよ、猫くん。ボクは決して怪しいもんじゃないからさ」猫なで声でそう言って煮干しの頭を甲板に置きチチチと舌を鳴らした。「わあ、おいしそうな煮干しニャン!」ラリーは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。そして少年と煮干しを見比べて、ゆっくりと煮干しに近づいた。トミーは巧みにラリーの目を盗んで、鉄パイプを一本背中に隠し持った。「こいつが煮干しに食いついたら、そこを一発でのしてやろう」トミーは愛想笑いを浮かべながら、ラリーの様子をうかがった。ラリーは怪しいと思いつつも、どうしても煮干しが食べたくなってしまった。本能は食べてはいけないと信号を発していたけれど、本能が危険を訴えれば訴えるほど、食欲が大きく膨れ上がった。「煮干しなんてたいしたことないのに」「いや、でもおいしそうだニャア」ラリーは葛藤に苦しんだ。そして「ああ、そうだ。一瞬のうちにパッと咥えて一息に飲み込んでしまえば、きっと大丈夫ニャン」都合のいい解釈が閃光のように閃いた。「そうだ、一瞬のうちにぱっぱと食べちゃえば、少年に手出しする暇はないはずニャン!」欲望が本能に勝った。ラリーはバッと駈け出して煮干しの頭を咥えた。途端、トミーの鉄パイプがラリーの可愛い頭めがけて降り下ろされた。「罠だったニャア!」ラリーは降り下ろされる鉄パイプを見て、目の前が真っ暗になった。ほんの一瞬の間に、これまでの人生がまるで走馬灯のように脳裏を駆け巡った。