01 出航 1831-12_02
ラリーが潮風にシッポを立てて遠ざかる港を眺めていた頃、船倉の一番手前にあった樽がひとつコロンと転がり、中から男の子が出てきた。薄汚れた顔に目だけをギョロギョロさせてあたりをうかがい、船乗りの姿を見かけるとさっと柱の陰に隠れた。少年の名はトミー。港湾倉庫の近辺に巣くう浮浪児で、あちこちの船に忍び込んでは美味しそうなお菓子や綺麗な宝石を少しだけくすねることを生業とする十三歳の謂わば小さなアクタレであった。トミーはチッと舌打ちをした。いつもはたとえ船で夜露をしのいだとしてもお天道様が東の空に昇るはるか手前に目を覚まし、とっととずらるのが常だったのに、今回は運悪く船が動き出すまで寝過ごしてしまった。「昨晩、葡萄酒を飲みすぎちまったんだ。さあ、やばいことになっちまったぞ」トミーはそっと甲板に顔を出し、遠ざかる港を眺めて嘆いた。「今ならまだ泳いでかえれるかな? いや泳ぐのは辛い。だいたい冬で寒すぎらあ。岸より先に天国に着いちまうぜ」トミーは眉間にしわを寄せ「うんうん」と唸りながら考えた。そして「ああ、そうだ救命ボートがどこかにあるはずだ。それを盗んでずらかってやろう」そう思いたった。トミーは船員たちの目を盗んで、甲板の隅の立入禁止の柵をまたぎ、帆影を伝って船の後部に行った。すると果たしてそこに数艘のカッターボートが鎖でつながれて鎮座していた。「しめしめ。これで帰れるぞ」トミーはポケットから糸鋸を取り出し、その鎖を切ろうと刃を当てた。そこに「ニャン!」と毛を逆立てて元気いっぱいの雄猫ラリーが飛び出した。「何している、怪しい奴ニャン!」