08 街の楽器屋さん

「次の日曜日、一緒に街にいこうよ?」と休み時間にカカトが声をかけてきた。雪は「いいよ」と答えて「買い物?」と尋ねた。「うん」とカカトは頷いて「トロンボーンのマウスピースね。今のやつ、リムが薄いんで音は出しやすいんだけど、ちょっと疲れちゃうんだ。もう少し厚めのもの、買おうかと思うんだ」と嬉しそうに言った。雪にはさっぱり、何のことだかわからないけれど「とにかく楽器屋だね」「楽しみだね」と、そんな話をするうちに、その日は終わった。夜に布団に潜り込んで、雪は楽器屋を想像した。金管楽器や弦楽器、見たこともないような楽器が所せましと並んで、少しお洒落な楽器屋の主人が「ボンジュール」とか声をかけてくるのかな? 主人はもちろんチョビ髭に眼鏡、髪型はマッシュルームに違いない。とすると店内に流れるBGMはビートルズでカムトゥギャザー。いやいや、案外クラッシックかもしれない。どちらも有り得るなあ。呑気に考えているうち眠りにおちた。夢の中、雪は街にいた。楽器屋に入るとマッシュルームの主人がタクトを振って急に音楽会が始まって、隣にカカトがいないなと思ったら、舞台の上でトロンボーンを吹いていた。「雪も何か持ってきなよ」と誘われたので、何の楽器にしようかと迷い、カスタネットにした。これなら保育園の時から使い慣れているし、そう目立つこともなさそうなのでいいや。「ヌキッチらしいね」と横でトロンボーンを吹きながらカカトが笑う。私らしいって何だろう? そんなことを考えながらカスタネットを鳴らし続けて、ヘトヘトになった頃、リンリンと目覚ましが鳴った。