01 出航 1831-12_01
フィッツ・ロイ大佐の指揮のもと、軍艦ビグル号がデヴォンポートより出航したのは十二月も終わりに近い、穏やかな冬の朝だった。遠洋航海の目的はパタゴニアとティエル・ラ・デルの測量、チリとペルーの海岸部にある諸島の観測、および船の揺れに影響されず時を刻む時辰儀(クロノメーター)の完成にあった。そのため船には著名な測量技師に機械技師、探検家に生物学者などが乗り込んでいた。そんな中、少し変わり種として猫のラリーも乗っていた。いや、変わり種などと言っては失礼であろう。猫は昔から船に欠かせない生き物なのだ。約九千年以上の昔、エジプト人がナイルボートに猫を乗せて鳥を獲らせていたその頃から猫と船は深い縁で結ばれているのだ。フェニキア人の貿易船にバイキングの海賊船、大航海時代の探検船、戦場に繰り出される軍艦。あらゆる船に猫たちは守り神として乗り込んでよく職責を果たしてきたのだ。猫は、ただ単に船乗り達の精神の拠り所になるだけでなく、害獣ネズミを捕らえ、天候の変化を機敏に予測し、時には爆弾の閃光を見極めることさえあった。三歳のラリーもそんな先輩猫たちの跡を継ぎ、このたび船乗り猫に就任して、船に乗ったのだ。ロイ大佐に抱きかかえられ、多くの人に見送られてラリーは得意満面であった。船に乗るなり甲板に降り立ち、ピンとヒゲを立て意気揚々と一声「にゃん」と鳴いた。「今日からボクがこの船を守るんだニャン」いささか気負った風ではあったが、それがラリーの偽らざる本心であった。ボーッと汽笛を上げてビグル号は出航し、港はどんどんと遠くなっていった。