02 黄土色の悪漢 10

 権藤はギロリとカラスを睨んだ。「なんでお前の顔に免じなきゃいけないんだ?」カラスは店主に言った。「この方に天ぷら蕎麦一つ、銭は俺が払うよ。あと熱燗も二本つけてくんない?」それから二人の方を見て言った。「これで手打ちといたしましょうや」山蛭と権藤はしばらく立ったままカラスを睨み付けていたが「まあ、蕎麦が食えれば俺は問題ねえ」と言って座った。新しく出てきた蕎麦をすする権藤と山蛭の御猪口に、カラスは熱燗を注いで、自分も一口くいっと飲み干してから尋ねた。「先ほど入ってこられた時、誰かを捕まえる、とかお話されていましたが、俺も話に入れてくれませんかね?」山蛭と権藤は「こいつ変な奴だな」と顔を見合わせたが、すぐに語りだした。「そいつは桃井桃之介ってチンケなチンドン屋よ。それが突然うちの道場に来て大きな面をしくさって、叩き出してやろうとしたら、なぜか師範もあんな奴の肩を持ちやがって。まったく気に食わないったらありゃしない」「そうよそうよ。実力もない癖に妙な目くらましをしくさって、奴め、俺の顔をはたきやがった。絶体に許さねえ」「あんたにゃ酒もおごってもらったし、特別に教えてやろう。俺は師範代の山蛭毒大夫というもんじゃが、実力じゃ師範の猿鳥イヌイを越えているんだ。今回の一件でもう懲りた。気の合う仲間を引き連れてあんな道場から別れてやる。資金を出してくれる人の目途もたっているのさ」「へえ、そいつは誰だい?」「弁護士の鬼龍院蘭堂先生だよ。どうだ恐れ入ったか。弁護士業界の全国支配も目前の、泣く子も黙る大先生よ」山蛭はそう言うとゲラゲラと笑った。