02 黄土色の悪漢 09

「じゃあ」と手を振ってカラスはまるで夜の闇に消えるように去って行った。「なるほど、闇夜のカラスだ」と桃之介は感心し、宿に帰ろうとタクシーを拾った。

 一方、闇夜のカラス。桃之介と別れたあと、交差点の脇にある立ち食いソバ屋に入った。まさに思いがけないところで今を時めくサックス奏者の桃之介と出会ったもんだ、世の中、何がおこるかわかったもんじゃないな、とホクホク顔で蕎麦をすすっていた。そこに「ごめんよ」と言って先ほどの黄土色の道着の男と図体のでかい猪武者が入ってきた。「オヤジ、天ぷらそばを二つ」と注文してカラスの横の席に座り、頭にできたコブを撫でながらブツクサと話し始めた。「あん畜生を逃しちまった」「あのフタナリ野郎。今度こそ服をひん剥いてやる」鼻息荒くそう言って、権藤、出てきたそばに七味を思い切り振ったもんだから、七味の蓋がバッと外れてそばが真っ赤になってしまった。「オヤジ、これじゃ食えねえよ。交換してくんない?」と権藤、まるで自分が悪いのに、席から立って店の店主をねめつけて脅し口調でドンブリを突き出した。「そういわれても、お客様」弱気な雰囲気の店主は、それでもこの無茶な要求をこばむ。「店で暴れられたいか?」黄土色の男も調子に乗ってどやしつける。カラスは間に入ってやることにした。「まあまあ、おふた方。そんな無茶を言ってはいけませんよ。お店も商売。お客さんが自分でしてしまった失敗をいちいち肩代わりしていたんじゃ商売あがったりだ。ねえ、ここはひとつ、あっしの顔に免じて、矛を収めてやってはくれませんかね」