02 黄土色の悪漢 08
危うく難を逃れた桃之介が少し息を切らしながら大門のあたりまで来ると、その門の蔭から「よう」と片手をあげて見知らぬ男が出てきた。黒いTシャツに黒い短パンといった地味ないでたち。髪はサラサラのツーブロック。「あなたは?」桃之介は新手の敵かと警戒し、少し身構えた。「違う違う」と男は慌てて両手を振って「俺はあんたのファンでさ。たまたま芝公園を通りかかったら、あんたが難儀してるじゃねえか。石ころを二つ拾って、投げてやったってわけだ」そう弁解した。「俺、昔は高校球児って奴だったから、コントロールには自信があってさ。ともかくうまくいって良かったよ」桃之介は身構えたまま、しばらくポカンと男の話を聞いていたが、すぐに我に返り「それはそれは。ありがとうございました」と深々と頭を下げた。「いや、なに。たいしたことはないさ」と男はへへへと笑って頭を掻いて「それで、その。お礼と言ったらおこがましいけど、そのサインをひとつもらえたら嬉しいかな、と思って」と照れ臭そうに言った。「お安い御用ですよ。では何に書きましょう?」桃之介はにこりと微笑んだ。「できるなら、あんたたちのレコードがいいんだけれど、あいにく今日は持ち歩いてなくてさ」男はさも残念そうに顎に手を当てた。「では今度、楽屋にでも持ってきてくださいな」桃之介は男のしぐさが少し子供っぽく見えて、思わずクスリと笑った。「楽屋に入れるよう係の人に言っておきますので、お名前を教えてくださいな」男はパッと明るい笑顔になって言った。「俺、カラス。闇夜のカラスってんだ。よろしく」