02 黄土色の悪漢 05

 あの日から、もう五年がすぎた。亜紀はピアノを弾き、桃之介はアルトサックスでメロディを奏で、神戸のライブハウスを拠点に関西中のライブハウスを巡った。当初は二人での演奏だったが、やがてセッションバーで知り合った黒川羊がウッドベースを弾くようになり、猪崎四郎吉がドラムを叩くようになった。メンバーが増えると、いろいろ手伝ってくれるスタッフもできて、活動範囲も徐々に広がり、そのうちラジオやテレビ、新聞などへの露出も増えていった。いろんな人に声をかけられ、応援者や支援者も増えて、そしていよいよ東京遠征のはこびとなった。「亜紀さんも師匠に会いたいと言っていましたよ」桃之介が悪戯っぽく笑うと、猿鳥師匠は赤面した。「大人をからかうもんじゃない」と言いながらも「夕食などに誘いたいのだが、亜紀さんはどんなものが好きだったかなあ?」と尋ねたりした。桃之介は「うーん、何だろう」と考えて、子供の頃を思い出した。あの頃はなぜかたびたび夜更けになると、チャルメラの屋台がきた。ラッパの音を聞きつけると亜紀はすごく嬉しそうな顔をして「きたわ」と二人に笑いかけた。急いで表に飛び出して、道端に屋台を止めさせて「早く早く」と師匠と桃之介を手招きして呼んだ。ビールケースの椅子に座って中華そばを三つ頼んで、そして一緒にすすった。おばあさんは「いらない」と言って出てこなくて、師匠は「修行中であるけれど」とひとりブツブツ言い訳をしながらビールを一本注文していたっけ。桃之介はクスクスと思い出し笑いをして「亜紀さんはきっと中華そばが好きですよ」と言った。