02 黄土色の悪漢 04

 道場の奥座敷に桃之介は通された。ソファに座るなり「道場破りとは穏やかじゃないな」と猿鳥師匠は笑って言った。「道場破りなどいたしません」と桃之介は少し膨れて見せたが、これは五歳の時に拾われて、以来、師匠は父親同然であったので、しばらく離れて暮らしていても自然に馴れた所作が出てしまったといったところ。そんな桃之介の表情を見て、猿鳥師匠はもう一度破顔した。そしてそのあと照れくさそうに「それで、その。亜紀さんも、こっちに来ているのかな?」とボソボソと尋ねた。今度は桃之介が破顔した。「来ていますよ」と答えて、師匠が相変わらず亜紀を思っていることを嬉しく思った。おばあさんが亡くなったあと、亜紀はキジノ薬局をたたみ、旅の音楽家になった。あの日、三人でおばあさんのお墓参りをした帰り道、「一緒に音楽する?」と亜紀は師匠に尋ねた。師匠は渋い顔をして「それは無理だ」と言った。「俺は格闘家だ。音楽なんかさっぱりだ」師匠は手を振って山に帰り、亜紀は「仕方ないよね」と少し寂しそうに桃之介に笑みかけた。そして今度は「桃ちゃんは来るよね」と桃之介に尋ねた。「薬屋なくなって、ボクにほかの選択肢ある?」と桃之介は少しむくれて見せたけれど、それはポーズだけのことで、旅の音楽家も悪くはない、と内心ではそう思っていた。なぜ亜紀が突然音楽家になろうと思ったのかはまったくわからなかったけれど、アルトサックスの音色も最近とみに良くなっていたし、桃之介としてももっと広い世界で吹いてみたいと思っていたところだった。「さよならだけが人生だ、ね」亜紀は山を見てそう呟いた。