02 黄土色の悪漢 02
「私はこの道場で師範代を任されておる山蛭毒大夫という者だ」と黄土色の男は言った。「師範は所用で出かけておるが、まあいずれ帰られるであろう。しばしお待ちなさい」そう言ってから先ほどの大男に言った。「これ権藤。客人に無礼をしてはいかんだろう。すぐに茶でも出さんか」権藤と言われた男は憎らし気に桃之介を睨み付け、奥へ入っていった。「いえ、お茶などお気持ちだけで結構です。師匠がいらっしゃらないなら、また改めてご挨拶に参ります」丁重に断って表に出ようとした。すると突然、黄土色の師範代が豹変した。「なんと、私の茶を断って帰るとは無礼な奴。さてはお前、道場破りだな?」師範代の目が妖しく光った。「いえ、そんな。道場破りではございません。仕事で東京に来ましたので、以前お世話になった師匠にも、一言ご挨拶にと立ち寄ったまでにございます」桃之介は丁寧に会釈して「お留守のようですので、いずれまた」と背を向けた。そこにバラバラッと門弟たちが駆け寄って、桃之介をぐるりと取り囲んだ。「逃がしはせんぞ、道場破り」黄土色は不気味な微笑みを浮かべた。「師範代、そいつの相手、ワシにさせてくださいな」いつ奥から戻ってきたのか、大男の権藤が指の骨をポキポキ鳴らしながら立っていた。桃之介は観念した。「さて弱りました。しかし降りかかった火の粉は払わねばなりません。どうあっても返さないとおっしゃるなら、不束ながらお手合わせいたしましょう」言ったかと思うと、サッと左手を前に出し裏拳で権藤の鼻をはたいた。権藤の鼻はポキリと折れて鼻血がビュッと、噴水のように噴きだした。