01 桃色の美少年 04
美少年から手を離した老人は、呆然とベンチに座る彼の横に腰掛けて、一緒に海を見るような格好で言った。「敵の名前は鬼龍院蘭堂に南田、渕田。それに商人の魔頭屋と血汚屋。お主の両親はこの五人によって詐欺にかけられ、なぶり殺しの目にあわされたうえ、それぞれ自殺に追い込まれた。ワシには見える。お主の父御の口惜しさが、そなたの母御の情けなさが。そして姉御の悲しさが。なんとも惨い話じゃ」
桃之介はじっと地面を睨み付け唇をかんだ。この八卦見の老人に見えた景色は、桃之介が幼い頃、実際に見たものそのものであったろう。あれはまさに地獄の日々であった。桃之介は思い出す。姉と母が相次いで死んで、最後に気の狂った父もとうとう死んでいった日の事を。父の書き残した日記で、何が起こったのか、のちに知った日の事を。日記に書かれなかったさらに残忍な仕打ちを教えられた日の事を。そして父母そして姉の復讐を心に決めた日の事を。
しばらくして老人は、静かな口調で言った。「ワシは犬神甚兵衛。人は犬神博士と呼ぶよ。いずれ、お主の復讐にワシが必要となる日がくるが、その時は必ず現れよう。それまでしばしお別れじゃ」そしてベンチから立ちあがり軽く別れを告げた。「ではの、若きサックスプレイヤー、期待の関西ジャズソリスト、桃井桃之介どの」老人が去ったあとも、桃之介はひとり座り、暗い海を眺めながら静かに口笛を吹いた。曲は復讐のメロディ。可憐で美しい旋律に秘められた憎悪。私はあの五人を決して許すことはないであろう。