01 桃色の美少年 01
薫風さわやかな五月晴れの空もいつか黄昏て、紅色の夕焼けが雲を染めぬく逢魔が時は、浮世と黄泉が交じり合い、生者の希望と死人の邪気が複雑な様相で交錯するといった、まったくもって微妙な頃合い。芝浦埠頭の海岸沿いを、モノレールと首都高を見上げながら芝大門の方角に歩く派手な衣装の美少年・・・桃色に染めた長めの髪をダイエースプレーで逆立て、缶バッジだらけのペチャンコの黒い手提げを肩に担いで・・・街ゆく人々の興味の視線もどこ吹く風とまったく気にする様子も見せず、呑気に口笛など吹きながら・・・その口笛を聞きつけた二人連れの女子大生。「不思議なメロディね?」と、振り返り「美しい旋律。でも何だかぞっとおぞけが立つような凄みも秘めているわ」「あれはきっと復讐のメロディね。なんだかそんな感じ」ボソボソとそんな噂話。その声が聞こえたのか、美少年は立ち止まり彼女たちのほうを見る。大当たりだよ・・・と彼は心の中でつぶやいて、彼女たちにニコリと微笑み・・・「あら」と彼女たちは頬を赤らめ、そそくさとその場から逃げ出す。「あんな美少年に真正面から見られたら、なんだかドキドキしてしまうよ」 「ホント。怖いくらいの美少年」 女子大生たちは物陰に隠れて、それでもチラチラと立ち去る彼の背中を目で追い。そのうち不意に一人がポンと手を打つ。「ああ、わかった。あの人、あのポスターの人よ。学校の掲示板に張ってあったジャズバンド」「ああ、桃之介。サックスプレイヤーの桃之介って人だ」二人は合点がいったという顔で頷いて、「見に行くよね」などと話しながら駅へと歩いて行った。