06 意味のない存在

 意味のあるものは苦手だ。意味は何らかの主義や思想を含んでいて、私に選択を迫ったり、道を選ばせたりしようとする。雪は時々考える。私は意味のない存在になりたい。すべてに意味がなくなって、世の中が混乱したらすごく面白いのに。ぼんやりと窓の外を眺めて、鳥のさえずりを聞いて、教科書は上下さかさまに見てみよう。上下さかさまの教科書って意味ないよね。これって面白いよね、と思っていると、コツンと先生に叩かれた。「こら貫城。教科書を逆さに読んでどないすんねん」。「ひえ」っと首を引っ込めて教科書を上下もとに戻す。いつの間にか後ろに忍び寄って立っていた先生にはきっと意味がある。意味があるに違いない。チャイムが鳴って授業が終わり、先生が教室から出て行くとカカトが笑いながら話しかけてきた。「ヌキッチ、なにしてんねん。なんで教科書さかさにするねん」雪は少し不貞腐れて答える。「なんかね。なんか、いま私はそうするべきやって思ったんや」「わけわからんわ」カカトがアハハと笑った。「わからんことないよ。この世からいろんな意味がなくなったら、私たち意味から解放されて、ホント自由になれる思うんよね」雪が熱弁をふるうとカカトはチチチと指を振った。「ヌキッチ、間違ってるわ。そんなことよりもうお昼やで。一緒に食堂いこ」雪はハッとした。そうか、本来すべてのものに意味なんてないのに、私が勝手に何らかの意味を見出していただけなんだ。「カカト、あんたって天才ね?」雪は瞳を輝かせてカカトの両肩をゆさゆさ揺すった。「うん? そう?」カカトは揺れながら変な顔をして笑った。