01_バロネット卿 01-16

 天幕に日の丸が大きくなびくのを見上げながら、今度はポケットから手帳を取り出してそこに記したメモを読み上げた。

「私はこの独立する領域を、大日本帝国元首大正天皇陛下のものであると公に宣言する。私はその天皇陛下に忠誠を誓う者である」

 芝の屋敷に戻ると、バロネット卿は写真を現像に出し、漁師の供述書 ー バロネット卿を六月二十日に島に連れて行き、九月二十日に迎えに行ったことを誓うもの ー と日記を封筒に入れた後、前年、第一次世界大戦の講和条約として締結されたベルサイユ条約の条文を見た。そして子供の頃、サムに習ったイギリスの古い法律 ー 一七六二年に国会制定法によって通過した領土継承条約第七条補足三 ー は記録され、今も効力を持っていることを確認した。バロネット卿は深呼吸をし、心を落ち着けてから、その条文を写し始めた。

 バロネット卿が芝公園内にある立憲政友会の本部を訪れたのは、十月中旬、秋晴れの日であった。前年に放火事件があったため政友会本部の前には武装した警官たちが並び、たいそうものものしい雰囲気であったが、幸い、かねてからの知人、蔵相高橋是清と出会ったおかげですんなりと応接間に通された。高橋蔵相は少年期にアメリカ人に騙されて奴隷として売られた経験があったため、バロネット卿の境遇にいたく共感し、イギリス帰国後は何かと世話を焼いてくれた。芝の屋敷を探してくれたのも、その後、政府高官たちに会うことになったのも、高橋蔵相が尽力してくれたからであった。