01_バロネット卿 01-17

「誰に会いに来たのかね?」と蔵相は聞いた。

 「外務大臣の内田先生がいらっしゃればと思い・・・」バロネット卿はおずおずと答えた。 蔵相は大きく口を開けて呵々と笑った。

「内田君はここには来んよ。ここは政友会の本部で、彼とはあまり関係がないからな。面白そうな話ならワシが聞いてやるが、どうじゃ?」

 蔵相は悪戯っぽく目をクルクル回した。とても一国の大臣とは思えないほど愛敬がある。これでバロネット卿の緊張もほぐれた。この人物なら悪いようにはならないであろう。そう判断し、持ってきた革の鞄から封筒をひとつ取り出した。そして中身を取り出した。

 バロネット卿の話を蔵相はウンウンと頷きながら聞いた。そして最後にウウンと唸り、しばらく目を閉じて考えた後、おもむろに立ち上がって部屋を出た。バロネット卿はポツンと応接間にひとり残されたが、蔵相が何を考えて部屋を出て行ったのか皆目見当もつかなかった。自分の持ってきた提案があまりにも馬鹿げていたために、相手にするのが嫌になってしまったのだろうかと不安になった。そこに蔵相は帰ってきた。後ろに内閣総理大臣原敬が立っていた。

「領土継承条約というのかい?」と首相は微笑んで尋ねた。

 高橋蔵相はどこから持ってきたのか古い法律書を机の上にどんと置いた。ポンポンとホコリをはたいてから鼻眼鏡をかけ、ページをぺらぺらとめくった。そして目的の行を見つけるとおもむろに読み始めた。