01_バロネット卿 01-15

 若い漁師が舟を出すと、バロネット卿は天幕を張った。そして新しいノートを取り出し、その日から日記をつけ始めた。「大正十年六月二十日・快晴。いよいよ無人島での一人暮らしが始まる」云々。

 三か月後、約束通り漁師が無人島に行くと、所々破れた天幕がひとつ、無残な様子でポツンとあった。

「おい、あんた。大丈夫か?」

 漁師は急いで舟から飛び降り天幕を覗くと、ガラガラと転がった缶詰の空き缶の真ん中に痩せさらばえた男が寝転がっていた。猟師が慌てて駆け寄ると、男は二っと笑って右手の親指を立てて見せた。

「水を飲め」と猟師は腰に下げた水筒から少しだけ、茶碗に水を注いだ。「一気に飲むなよ。身体が拒否反応をおこすからな」

 それから漁師は火をおこし、干した魚を焼いた。

「今のあんたの体力じゃ舟はとても無理だ。まあ乗り掛かった舟って言葉もあることだし、俺がしばらく面倒を見てやろう」

 漁師は魚を銛で突き、アホウドリを捕まえて、飯盒でお粥を炊いて、バロネット卿に食べさせた。水は薬缶で一度沸騰させてから飲ませるようにした。猟師の看病のお陰で一週間後、バロネット卿はようやく立ち上がれるようにまで回復した。フラフラと立ち上がったバロネット卿はまるで半死半生になりながらも後生大事に抱えていた桐箱から旗を一枚取り出してそれを天幕の上に掲げた。

「ああ、日の丸」と、猟師はそれを見て呟いた。