01_バロネット卿 01-18
「島を九十日間占有し、他人あるいは他国の政府がそれに異議を唱えなかったら、その島はその占有者一人のものになり、その占有者がどの国の国民であっても、その島はその国の法律で治められることになる。六ヵ月以内にその主張が批准されるかぎりにおいて」
蔵相は法律書を読み上げてから、眼鏡をはずした。
「君は日本の東方九七〇海里にある島を占有し三ヵ月の間くらしたんだね?」
「はい、そうです」
「証拠として写真と日記、そして漁師の署名があるわけだね?」
「はい。島には暮らしていた時そのままに天幕なども残してきました」
「君は何とも変な奴だな」と首相は笑った。
「イギリスで法律を習ったので、日本の法律よりイギリスの法律や国際法のほうを知っていたんです」
バロネット卿は少ししゃっちょこばって言った。
「そうか。よし、内田外務大臣とも相談して、その島が日本の領土になるよう世界に掛け合ってもらおうじゃないか」
これより約半年後、の大正十一(一九二一)年、島は晴れて日本の領土となり、バロネット卿の所有するところとなった。時にバロネット卿二十一歳であった。
若干二十一歳の青年が国際法に基づいて島をひとつ獲得したというニュースが全国紙に載った翌日、名古屋の江島甚八が娘を伴って東京芝のバロネット卿の屋敷に来た。