05 道草
放課後になるとカカトは吹奏楽部、涼太郎はバスケ部とそれぞれ元気に飛び出して行った。雪はカバンを肩に背負い一人帰路に着いた。校舎を出て三々五々とそれぞれ散っていく生徒たち。「真っすぐ帰るのもいいけれど少し道草するもいいかも知れない」そんなことを思ってふと見ると、大きな神社があったので、雪は春風に誘われるままに鳥居をくぐって石段を登り、古い祠にお参りをした。祀られているのは神功皇后と応神天皇。ここは全国至る所にある八幡神社のひとつだね。厳かで凛として清らかで何だかいい雰囲気。春の空は真っ青に澄み渡り、木や草も緑に輝いていて生命の息吹で満ち溢れている。お城の草に寝ころんだ石川啄木は、十五の心が空に吸われたよ、って歌ったけれど、まあ、そんな感じかな。雪は空をぼんやり見上げて「うーん」と大きく伸びをした。それから文庫本を一冊、カバンから取り出してペラペラとめくった。こんなに天気のいい日の午後は、外で読書も悪くない。本はもちろん大好きな翻訳物の軽いミステリー。豪華客船で世界一周、その華やかなパーティーの最中に一人の貴族が謎の死をとげて。さあ、犯人は誰かしら、なんて。夢中で本を読んでいると、いつの間に来たのか一匹の子猫が雪の脚にもたれかかるようにして眠っている。現実と空想がクルクルと混ざって世界はまるで万華鏡。子猫の頭を軽くなでて再び本の世界に帰ると、そこは見たこともない異境の街。魅力的な登場人物に囲まれて、殺人事件があったというのに探偵は何だか牧歌的で不思議。このミステリーと春の日がいつまでも続けばいいのに。