01 邪教真言立川流 01-02

「真言立川流をご存知ですかな?」と、闘鶏之会の帰り道、一人の貴族が話しかけてきた。

「何だね、それは?」と尊治親王は眠たげな声で尋ねながら、近寄ってきた貴族を観察した。年のころは二十代半ば、たぶん自分と同じくらいであろう。衣装は綺麗に繕っているが、普段あまり見たことのない顔なので階級はあまり高くないようである。闘鶏之会のような少しいかがわしい場所でなければお目見え出来ない立場の者なのであろう。

「ご存知ないなら一度ご案内しますよ。あれは闘鶏より刺激的ですから」

 貴族は懐の隙間から布の袋をチラリと見せて、ジャラジャラと銭の音をさせた。

「真言立川流というのは宗教ではないのか?」

「いえいえ、宗教ですよ。そもそもは高野山の真言密教の流れですから。しかしですね、そこに少し手が加えられていて、何というか、その、とても面白いんですよ」

 尊治親王は首を傾げた。

「お前の言っていることは良くわからん。もう少し詳しく説明しないか。いや、そもそもお前は誰だ? まずそれを名乗るべきであろう」

 貴族は大げさに頭を下げて謝罪した。

「これはまことに申し訳ありません。私は藤原北家・真夏流、日野家の子息で日野資朝というものです。以後お見知りおきを」

 馴れ馴れしい奴だと思ったものの、真言立川流なるものも気になるので尊治親王は「うむ」と静かに頷いた。