01 邪教真言立川流 01-06
「そのころ山の洞窟に一人の童子が訪れました。あまりに突然だったので荼枳尼はたいそう驚いて、どこから来たのだ、と怒鳴りつけましたが、童子は一向怖がる様子も見せず、白狐を撫でながら言いました。私は役小角の使いの神童でございます。このたび行者様のご指示であなた様にお届け物を持って参りました。不思議そうに首を傾げる荼枳尼に、神童は懐から九連の数珠を取り出して、さあ、お納めください、と言いました。おお、何と美しい贈り物だ、荼枳尼は光り輝くその数珠をほれぼれと眺め、すっかり警戒心もとき、それを首に掛けながら言いました。役行者様にはよしなに伝えておいておくれ。童子はペコリと一礼し、来た時と同じようにいつの間にか、煙のようにいなくなってしまいました、が、荼枳尼はまったくもう童子には無関心、そちらの方には目もくれず、九連の数珠をうっとりと眺めていたのでした。ああ、なんて美しい数珠かしら。としげしげと眺めなでるうち、ふと、それぞれの珠に一文字ずつ、『刃』『戯』『霊』『痴』『誅』『辛』『荒』『底』『哀』と彫り込まれていることに気づきました。はて奇妙な文字ばかりじゃが、いったい何のおまじないであろうか? 首を傾げて狐を見たが狐も首を横に振るのみで、その文字が何なのかはまるで想像もつかないといった様子です。まあ良いか、と荼枳尼は気を取り直し、少しおどけて狐に言いました。どうだ、妾は綺麗であろう。妾のような美しい女人を他にみたことあるまい。妾を妻として娶ったそなたは三国一の果報者ぞ。と、そこに山狩りの一団が攻め込んできました」