01_バロネット卿 01-13
「なるほど。買う銘柄ではなく売る銘柄を探すのですね」
「ああ、そうだ。そして株を借りるには担保がいるが、担保は実際の表記額の、まあ二割から三割くらいでいいから、お前さんの一五〇〇円で、まあ五〇〇〇円分くらいの取引ができる」
「それで、売る銘柄はもう決まっているのですか?」
「ああ、もう決めている。船成金の松昌洋行株式会社、ここの株を売って売って売りまくる。ワシは寅年生まれじゃから、前からあの虎大尽は気に食わなかった。これは奴に食われた虎の復讐でもあるわけだ」
そんな会話を交わしてから数日後、大江甚八は松昌洋行が高値を付けたその瞬間を狙って、一気に大量の売りを浴びせた。松昌洋行はひとたまりもなかった。一か月も経たぬ間に松昌洋行は倒産し、バロネット卿の一五〇〇円は四五〇〇円になっていた。その年の大卒初任給は四〇円、総理大臣の年収は一〇〇〇円であった。
「また東京に戻るのか?」と甚八は聞いた。
「思うところあって、少し南の島に行きます」バロネット卿は答えた。
「お金はどうする?」
「五〇〇円だけ返していただいて、あとはこのまま甚八さんに預けます。よさそうな株があるなら売るなり買うなり、思うようにお願いします」
翌朝彼は甚八と別れ、東京行きの電車に乗った。そして車窓から外を眺めながら昔サムが教えてくれたイギリスの古い法律の一つを思い出していた。