02_河原院の怪異 01-03

 さあ、そこからは嬉し恥ずかしの睦事。「ああ、上皇様」「可愛い褒子よ」と喋喋喃喃、目も当てられないほどの乱れぶり。幸い牛童は牛に草を食べさせるため、牛車を引きずって遠くに行っていたから良かったものの、もし近くで聞いていたなら発狂していたかも知れない。二人はお互いの体をまさぐり、すっかりヘトヘトになりながらも「ああ、上皇様」「おお、褒子よ」と月夜にイチャイチャを繰り返し、まるで飽くことを知らぬ欲望の権化、二つの肉体は溶け合って粘膜の海を漂う一対の海月のような有様。と、そこに、不意に生暖かい風がヒョウと吹いた。

 先ほどまで煌々と庭園内を照らしていた月が突然黒い雲に覆われて、あたりは霧に包まれた。「急に何だか妙な塩梅じゃのう」と上皇は半身を起こし不安げにあたりを見回した。「気味が悪いです」と褒子も起き上がり上皇の腕にしがみついた。牛童はどこまで行ったものかまったく気配さえしない。「これは参った」と上皇は手探りで火打石を探し、畳の上に手を這わせた。しかし火打石はどこにもなく、上皇の手は代わりに何か、得体のしれないものを握った。「おや? 褒子。これは何だ?」と上皇はつかんだそれを持ち上げる。「なんだかまるで見えません」と褒子は言う。「そうじゃのう。こう暗くては」と上皇、その手を持ち上げ顔の近くに持って行き、もっとよく見ようと目を凝らす。と、その耳元で「ワシの腕じゃよ」と、嗄れ声がつぶやいた。上皇はヒャアと悲鳴を上げ慌ててそれから手を放し逃げ出そうとした。「まあ、そう怖がるな」と嗄れ声は笑った。