02_河原院の怪異 01-04

「ほら、ワシじゃ。この屋敷の主、源融じゃ」嗄れ声は微笑んで上皇に顔を近づけた。「先ほどから二人の秘め事、とくと見物させてもらったが、なかなか良い物だのう」源融は上皇の肩に腕を回しその顔を覗き込んで言った。「ワシもあの娘が抱きたくなった。少し貸してくれまいか」上皇は慌てて源融の腕を振りほどいた。「何を言うか無礼者。お前は生前、ワシの家来だった者ではないか。そんな非礼はゆるされまいぞ」「ふふん。家来と言ってももとは皇族、お前の大叔父にあたる者じゃぞ。お前の方こそ人の屋敷の庭先で、自分だけが良い思いをするつもりではないわいな?」源融の幽霊はケタケタと笑った。と、まあ話はここまで進んできたが、この後の記述が文献によって少し違う。古事談ではそのあと幽霊に抱かれるのは上皇で江談抄では京極御息所となっている。上皇が幽霊に抱かれるというのは何だか妙な話であるが、ともかくそう記されているので、そういうことにしよう。何しろ源融は光源氏のモデルなのだ。そういうことも有り得る。というわけで、幽霊は上皇の腰を抱いてカマを掘り、瀕死の状態に追いやったあと、褒子を抱いて気絶させた。そしてすっかり満足して河原屋敷のいずれかに掻き消えるようにいなくなった。

 その頃になってようやく異変に気付いた牛童が駆けつけた。「上皇様が大変じゃ」と急いで二人を牛車に担ぎ乗せ、左京七条の亭子院に運び込んだ。比叡山に使いが送られ、浄蔵大法師が呼び出され、祈祷が行われ、呪いが払われ、これでようやく二人は再び目覚めることが出来た。